猫のふりをした女性は嫌いだが、本物の猫は好きだ。好きというより、自分の人生は猫と縁があるようなのだ。犬と縁のある人生でも良かったと思う。けれどもそうはならなかった。
ミーニャン、シロ、チビ、クロ、モモ、チョロ…。今まで深く関わってきた猫の名前を羅列したら、ほとんど自分の人生そのものであるような気がしてくる。猫とともに成長したと言っても過言ではない。
広島の尾道を旅行したときのことだ。炎天下、一日中路地裏を歩いて、そろそろ宿に戻ろうかと思っていたら、瀬戸内の島々の向こうから夕立が来た。少し良いカメラを持っていた私は慌てて、近くのお寺の仏塔のひさしの下に駆け込む。同時に、一匹の三毛猫が、同じように雨宿りに来た。
猫は割と近くに腰を下ろしたものの、私のことなどほとんど知らん顔で、濡れた体を毛づくろいしながら一瞥したきり関心を示さなかった。毛づくろいを終えたら、ずっと海のほうを見ていた。
やがて雨雲の間から光が来て、瀬戸内の夕凪と、雨上がりのコンクリートの濡れた匂いだけが街に残った。
猫は、少し跳ねるようにしてひさしの下を出た。
私は思わずその背中に、「あ」と声をかける。
「何か?」と振り返る猫。
「いや、なんでもないんだ」と私は手を振る。
猫は向き直って路地裏に消えた。やつらは、いつだってそんな感じなのだ。